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広島地方裁判所 昭和58年(ワ)1226号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金三五六五万九三八八円及び内金三二六五万九三八八円に対する昭和五五年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三六一五万九三八八円及び内金三三一五万九三八八円に対する昭和五五年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 昭和五四年一二月九日、午前四時頃

場所 広島市中区上幟町一二番三九号、広島女学院中学校先道路上

態様 原告が右場所交差点において八丁堀方面に向け信号待停車中、訴外吉川浩が被告所有の普通貨物自動車(広島44ほ8913)を運転し、原告車両の後に停車中の訴外畑本真美三運転車両に追突し、畑本車両は原告車両へ追突した。

2  責任原因

吉川運転の前記車両(以下「加害車両」という。)は被告の所有であり、被告はこれを運用の用に供していたから、自賠法三条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告の傷害

(一) 原告は前記事故(以下「本件事故」という。)により頸部捻挫ないし外傷性頸椎症の傷害を受け、岡本病院及び三上整形外科医院で通院治療を受け、昭和五五年三月一旦は治ゆしたと診断された。

(二) ところが同年八月ころから両上肢及び両下肢のしびれ、左肩甲部から左上肢にかけての著しい疼痛等の症状があらわれ、次のとおり治療を受けた。

(1) 昭和五五年八月二八日から同年九月二七日まで

三上整形外科医院に通院

(2) 昭和五五年九月二九日から同年一〇月八日まで

三原土肥病院に入院

(3) 昭和五五年一〇月一〇日から昭和五六年年一月二〇日まで

土肥三瓶温泉医院に入院

(4) 昭和五六年一月二六日から昭和五九年八月二九日まで広島共立病院に通院

(三) 原告は、前記症状について広島共立病院において外傷性頸椎症(脊髄症型)、第一胸椎圧迫骨折等の診断を受けた。右病院の主治医坂信一医師はこれが本件事故に起因すると考えられる旨診断している。

(2) 勤務先賞与分 二二五万〇二〇二円

原告は、夏期および冬期の賞与を受けていたが、五七年冬が二二万六五四一円、五八年夏が二八万〇三一二円であつた。これに基づき(1)同様の計算で標記の損害を算出すると次のとおりである。

(226,541円+280,312円)×9×0.74×0.6666≒2250,202円

(3) 退職金差額 七五万九九二四円

原告は退職金として一三二万円を受領したが、原告が定年まで勤務した場合、二四六万円となりその差額は一一四万円である。

1,140,000円×0.6666=759,924円

(4) 退職後逸失利益 八五三万一八〇〇円

原告は六〇歳で退職後、六五年四月より六七歳になる七五年三月まで七年間は就労可能であり、昭和五六年度賃金センサス新高卒区分、六〇歳によると給与額二〇万三〇〇〇円、賞与額六一万一三〇〇円となつており、一七年に対応するホフマン係数〇・五四〇五を用い、前記と同様の計算で標記の損害を計算すると次のとおりである。

(203,000円×12+611,300円)×7×0.74×0.5405≒8,531,800円

(三) 慰藉料 一〇〇〇万円

(1) 入、通院慰藉料 二〇〇万円

(四) 原告の症状は、昭和五八年四月二七日固定し、労災保険手続において同年一〇月二八日障害等級第五級と認定された。

4  損害

(一) 入院雑費 六万七二〇〇円

一日六〇〇円として、前記のとおり一一二日入院した。

(二) 逸失利益 二三〇九万二一八八円

(1) 勤務先給与分 一一五五万〇二六二円

原告は本件事故当時株式会社新広島タクシーの運転手であつたところ、同社では労働協約に基づき労災保険からの休業補償と事故前の本人実績による平均給与額の差額を支給していたが、昭和五八年八月一九日の退職前右額は月額二〇万三六〇九円であつた。定年は六〇歳であり、昭和八年四月二五日生まれの原告は六八年三月まで残一一五ケ月勤務することができた。自賠法において、後遺症第五級の場合労働能力喪失率は七九パーセントとされており、原告に既に存した第一四級の後遺症の五パーセントを減ずると、七四パーセントとなる。以上に基づき、一〇年に対応するホフマン係数〇・六六六六を用い標記の損害を算出すると次のとおりである。

203,609円×115×0.74×0.6666≒11,550,262円

原告は前記の如く、昭和五五年八月二八日以来、症状固定の五八年四月二七日まででも約二年八ケ月通院(週約三日)治療を余儀なくされ、その間一一二日間は入院した。このような事実に鑑み標記の損害として二〇〇万円を請求する。

(2) 後遺症にともなう慰藉料 八〇〇万円

原告は働き盛りの年代で、前記の如く第五級の後遺症をかかえ、生活設計も大きく狂つた。医師からは、将来に骨移植手術が必要になるかもしれないと指摘されており、症状固定とはいうものの依然として身体に対する不安を抱き続けている。

標記の慰藉料として八〇〇万円を請求する。

(四) 弁護士費用 三〇〇万円

5  よつて原告は被告に対し、損害賠償金三六一五万九三八八円及び内金三三一五万九三八八円に対する昭和五五年八月二八日(後遺症発現の日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認め、その余の請求原因事実は争う。

2  被告の主張

(一) 吉川は本件事故当時被告会社の従業員であつたが、事故当日の午前三時ころ被告会社に侵入し、加害車両を無断で持出し、本件事故を惹起したものであるから、被告は自賠法三条の責任を負ういわれはない。

(二) 加害車両による直接の追突を受けた畑本は全治一五日間を要する外傷性頸肩症候群の軽傷であること、原告車両の損傷は後部ナンバープレートの曲損程度であつて、軽微であること等からして、原告の傷害は本件事故によるものとは認められず、相当因果関係はない。

三  抗弁

昭和五五年四月七日、原告と被告及び吉川との間に、本件事故に関し、八〇万一一八四円で示談が成立し、右損害賠償金は支払ずみであるから、原告はその余の損害の賠償を請求することはできない。

四  抗弁に対する認否

被告主張の日に被告主張の示談が成立し、損害賠償金八〇万一一八四円が支払ずみであることは認めるが、原告が本訴で請求する損害は右示談当時原告の予見できなかつた損害であるから、その賠償を請求することは妨げられない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  前記当事者間に争いがない事実と成立に争いのない甲第一五号証、乙第四号証、証人吉川浩の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は加害車両の所有者であり、岡田浩治及び吉川は本件事故当時被告会社の従業員であつたところ、被告は岡田が本件事故前日加害車両を運転して帰宅することを容認し、帰宅後岡田は加害車両を運転して外出した際同乗させていた吉川に右運転を委ね、吉川の運転中本件事故が起こつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は吉川の加害車両の運転につき、自賠法三条の自己のために自動車を運行の用に供する者の地位にあつたものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告は原告の被つた損害につき、自賠法三条の責任を免れない。

三  成立に争いのない甲第二、第三号証、甲第五ないし第九号証、甲第一三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因3の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

前認定の本件事故の態様、前掲甲第一五号証、成立に争いのない乙第二、第三号証及び証人吉川浩の証言によつて認められる吉川は本件事故現場に時速四〇ないし五〇キロメートルの速度でさしかかつた事実及び畑本車両の損傷は中破の程度に達している事実、右認定の原告の症状の部位、内容、発症時期、その経過及び坂医師の診断を総合的に考慮すると、原告の症状と本件事故との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

被告は加害車両による直接の追突を受けた畑本は全治一五日間を要する外傷性頸肩症候群の軽傷であること、原告車両の損傷は後部ナンバープレートの曲損程度であつて、軽微であること等からして、原告の症状は本件事故によるものとは認められず、相当因果関係はない旨主張し、前掲乙第二、第三号証及び証人吉川浩の証言によれば被告主張の右諸事情が認められるけれども、前記諸事情(本件事故の態様等)に照らして考えると、右諸事情をもつても前記認定を覆すには足りないものというべく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

四  よつて原告の被つた損害について検討するに、

(一)  入院雑費 六万七二〇〇円

前記認定事実によれば、原告は本件事故により被つた傷害を治療するため昭和五五年八月二八日以降一一二日間入院したことが認められるところ、これに要した入院雑費は一日六〇〇円、合計六万七二〇〇円と認められるのが相当である。

(二)  逸失利益 二三〇九万二一八八円

(1)  勤務先給与分 一一五五万〇二六二円

前掲甲第九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は本件事故当時株式会社新広島タクシーの運転手であつたところ、同社では労働協約に基づき労災保険からの休業補償と事故前の本人実績による平均給与額の差額を支給していたこと、原告は本件事故による後遺障害のため昭和五八年八月一九日退職することを余儀なくされたが、その当時右差額は月額二〇万三六〇九円であつたこと、原告は昭和八年四月二五日生まれであるところ、新広島タクシーの定年は六〇歳であるから、昭和六八年三月まで残り一一五か月勤務することができたこと、原告は本件事故の前昭和五一年一二月ころの交通事故が原因で本件事故当時労災保険手続上一四級の認定を受けた後遺障害を有していたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告が本件事故による後遺障害のため喪失した労働能力は七四パーセント(五級と一四級の差)と認めるのが相当である。

以上の諸点を考慮にいれて、原告の勤務先給与分の逸失利益を計算すると一一五五万〇二六二円となる(原告はホフマン式係数(年別)単利現価表の一〇年の係数を採用しているのでこれによる。以下同じ。)。

(計算式)

203,609円×115×0.74×0.6666≒11,550,262円

(2)  勤務先賞与分 二二五万〇二〇二円

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は新広島タクシーに在職中同社から夏期及び冬期の賞与の支給を受けていたが、これは昭和五七年冬が二二万六五四一円、昭和五八年夏が二八万〇三一二円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

これに基づき(1)同様の計算で原告の勤務先賞与分の逸失利益を計算すると二二五万〇二〇二円となる。

(計算式)

(226,541+280,312円)×9×0.74×0.6666≒2,250,202

(3)  退職金差額 七五万九九二四円

前掲甲第一一号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一、二、甲第一四号証の一ないし三及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は昭和五八年八月二七日新広島タクシーから退職金一三二万円(一万円未満切捨)の支給を受けたが、原告が定年まで勤務した場合右退職金額は二四六万円となることが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがつて退職金差額の逸失利益は七五万九九二四円となる。

(計算式)

(2,460,000-1,320,000円)×0.6666=759,924円

(4)  退職後逸失利益 八五三万一八〇〇円

原告は六〇歳で退職後、昭和六八年四月から六七歳になる昭和七五年三月まで七年間は就労可能と認められるところ、昭和五六年度賃金センサスによれば産業計企業規模計旧中・新高卒区分六〇歳の給与額は月額二〇万三〇〇〇円、年間賞与額は六一万一三〇〇円である。

以上の諸点と前記認定のとおり原告の労働能力の喪失度が七四パーセントであることを考慮して原告の退職後逸失利益を計算すると八五三万一八〇〇円となる(原告はホフマン式係数(年別)単利現価表の一七年の係数を採用しているのでこれによる。)。

(計算式)

(203,000×12+611,300)×7×0.74×0.5405≒8,531,800

(三)  慰藉料 九五〇万円

前記本件事故の態様、治療の経過、傷害及び後遺障害の部位・内容・程度、入通院期間(昭和五五年八月二八日以降の入通院期間)その他上記認定の諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、傷害につき一五〇万円、後遺障害につき八〇〇万円と認めるのが相当である。

(四)  弁護士費用 三〇〇万円

本件事案の難易、審理の経過、認容額等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係ある損害としての弁護士費用は三〇〇万円と認めるのが相当である。

五  抗弁について検討するに、

1  昭和五五年四月七日、原告と被告及び吉川との間に、本件事故に関し八〇万一一八四円で示談が成立し、右損害賠償金は支払ずみであることは当事者間に争いがない。

2  本件は右示談後新たに原告にあらわれた入通院を要する前記症状及び後遺障害を理由として原告が被つた新たな損害の賠償を請求する事案であるところ、上記認定の諸事情(症状及び後遺障害の部位・内容・程度、発症時期並びにその経過)に照らすと、右示談当時原告は将来自己に前記症状及び後遺障害があらわれることを予期し得なかつたものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告の本訴請求は前記示談契約の存在によつて何ら防げられるものではないというべきであるから、抗弁は理由がない。

六  以上によれば、原告の請求は本件事故に基づく損害賠償金三五六五万九三八八円及び内金三二六五万九三八八円に対する不法行為の後である昭和五五年八月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 若宮利信)

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